小論文の頻出テーマ|宗教と社会。信じることは私的なことか
人文・国際・法・社会学系で出題。互いに尊重し合うべきだ、で終わる答案が大半です。内心にとどまらず公共の場に出たときに何が起きるかを、3つの軸から論じる方法を示します。
人文・国際・法・社会学系で出ます。多文化共生のテーマと組み合わせて出題されることもあります。
答案は、ほぼ一つの型に落ちます。
宗教は個人の自由であり、互いの信仰を尊重し合うことが大切である。
反対する人はいません。そして、尊重が具体的に何をすることなのかが書かれていません。
先に断っておくと、このテーマで特定の宗教の是非を論じてはいけません。採点者の立場も分かりませんし、何より問われているのはそこではありません。論じるのは、信仰と社会の関係という構造です。
出発点:内心にとどまる限り、問題は起きない
何を信じるかが個人の内側で完結しているなら、調整は要りません。問題が生じるのは、それが行動として外に出たときです。
- 服装や身につけるもの
- 食べられるもの、食べられないもの
- 休む日、参加できない時間
- 医療上の判断
- 教育の内容
「個人の自由だから尊重する」は、内心についてはそのとおりですが、外に出た場面では答えになりません。共有された場所では、誰かの実践が他の誰かの都合とぶつかるからです。
この区別(内心と実践)を立てられるかどうかが、答案の分かれ目です。
3つの対立軸
軸1:信じる自由と、共通のルール
学校の規則、職場の決まり、公共施設の運用。共通のルールは、多数の人にとって都合のよい形で作られています。
そこに例外を認めるかどうかが論点になります。
- 例外を認めなければ、その人は参加できない
- 例外を認めれば、ルールの一貫性が崩れる
どちらを取るかではなく、何を基準に例外を認めるかを書いてください。基準の候補は、他人に実害が及ぶか、代替の方法があるか、負担が特定の人に集中しないか、などです。
自由と規制の線引きは法と正義の軸1が使えます。
軸2:配慮と、特別扱い
踏み込める軸です。
一方への配慮は、他方からは特別扱いに見えることがあります。
「なぜあの人だけ」という反応は、配慮を受けていない側にとって自然に生じます。そして、この反応を無視して配慮を進めると、対立が別の形で残ります。
配慮の理由を説明できるかどうかが鍵です。理由が共有されない配慮は、不公平として記憶されます。説明する手間を省いた配慮は、結局その人を孤立させます。
同じ構造は多様性と共生にもまとめました。
軸3:誰が調整を担うのか
見落とされがちですが、具体的に書ける軸です。
給食の対応、行事の日程、休憩の時間。制度として決まっていない部分は、現場の誰かが調整しています。
教員、同僚、近所の人。善意で成り立っている調整は、その人が替われば途切れます。
制度が用意されていない部分を個人が埋めるという構造は外国人労働者の軸2と同じです。
使える具体例
身近な観察で十分です。特定の信仰について詳しく知っている必要はありません。
- 給食で、食べられないものがある人への対応
- 行事や試験の日程が、特定の日に重なった場面
- 地域の祭りに、参加する人としない人がいた
- 家庭ごとに、年中行事の扱いが違った
- 部活や職場で、休む理由を説明しなければならなかった場面
- 「みんなでやる」ことが前提になっている場面
最後が最も使いやすい。全員参加が当然とされている場面では、参加しない選択そのものが説明を求められます。信仰に限らず起きる構造なので、書きやすく、かつ論として広がります。
よくある失敗
「互いに尊重すべき」で終える
何をすることが尊重なのかが書かれていません。軸1の基準に踏み込んでください。
特定の宗教の是非を論じる
小論文では避けてください。採点者の立場も分かりませんし、問われているのは構造です。
宗教を非合理なものとして扱う
「科学的でない」という前提で書くと、そもそも議論が成立しません。信じることが人にとってどう働いているかを、外から観察する姿勢が必要です。
政治的な主張に流れる
制度や政策の是非を強く主張すると、論述ではなく立場の表明になります。対立の構造を書いてください。
「日本人は無宗教だから」と一般化する
年中行事や慣習との関わり方は人によって違います。根拠のない一般化は避けてください。
論じ方の一例
私は、信仰への配慮を考えるとき、配慮するかどうかよりも、その理由が共有されているかどうかが重要だと考える。(立場) 理由が説明されない配慮は、周囲からは特別扱いとして受け取られる。そのとき生じる反発は配慮を受けた側に向かい、結果としてその人が居づらくなるからだ。(理由) 私の中学では、給食で食べられないものがある同級生がいた。担任は本人に確認して別の対応をしていたが、その理由はクラスで説明されなかった。数人が「ずるい」と言っているのを聞いたことがある。対応そのものは適切だったが、説明がなかった。(具体例) たしかに、事情を全体に説明することは本人にとって負担であり、知られたくないという希望もありうる。だが、説明しないという選択をするなら、生じる反発を本人に負わせない別の手立てが要る。配慮は、対応を決めた時点では終わっていない。(反論への応答)
まとめ
- 特定の宗教の是非を論じない。論じるのは信仰と社会の関係という構造
- 内心にとどまる限り調整は要らない。行動として外に出たときに問題が生じる
- 軸1:例外を認めるかどうかではなく、何を基準に認めるかを書く
- 軸2:理由が共有されない配慮は、不公平として記憶される
- 軸3:制度が用意していない部分は、現場の誰かの善意で埋められている
- 具体例は「全員参加が前提になっている場面」が最も使いやすい
- 尊重論で終える、非合理として扱う、政治的主張、無宗教の一般化は避ける
宗教系の大学の総合型選抜では、東京基督教大学が要項の【テーマ群】から当日1つを出題し、【キーワード群】から指定された3語を必ず使って書かせています。面接30分の中には旧約5問・新約5問の口頭試問もあります。
形式別の解き方・練習方法を含む全体像は、小論文の書き方 完全ガイドにまとめています。